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My Bloody Valentineの新譜はやっぱり「マイブラ」でした

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何だか、久々のブログ更新になってしまった。
まあ、前回の更新から1年経ってないということで許してください。


My Bloody Valentine(以下「マイブラ」)のニューアルバム、『m b v』が公式サイトでリリースされた。なんと22年ぶりの新譜である。寡作で知られるThe Blue Nileでさえ32年で出したアルバムが4枚(さらにソロが去年出た)なのだから、これは長い。比較対象として大いに間違っている気もするが。

ちなみに、久々のブログ更新のネタがマイブラだから、このバンドのことがとても好きなんだな……と思われそうだが、実はリアルタイム世代ですらない。10代の頃に、ギターポップ(そしてネオ・アコースティック)、あるいはエレクトロニカを聴いているうちに、前者の派生として、後者の影響元として、マイブラを知り、その音楽に触れたのが最初の出会いという体たらくぶりである。こんなことを書くと怒られそうだが(なにせ、自分がTwitterでフォローしている人の中にはシューゲイザーで本を書かれた人もいらっしゃるのだ)、嘘をついても仕方がないし、大目に見ていただきたい。少なくとも、新譜が出るということが自分の中で事件になり、記事を書いてしまうぐらいには好きだといえるので、どうかひとつ。

しかし、何しろ22年である。その間に、何度新譜が出ると、何度「ケヴィン・シールズ再始動!」と、何度メンバーがスタジオに入ったと伝えられてきたことか。自分のような非リアルタイムリスナーでさえ、ボックスセットが発売中止になる頃には「もうどうせ何も出ないんだろ」という視点になっていたものである。ぶっちゃけた話、リマスターが無事に出たことさえ驚いたし。ましてや新譜など、「リリースされるかも」というニュースなんかいくらでも書けるわい! 音源を購入して家で聴いて音が鳴るまで信じられるか! といった感じになっていた。結果からいうと、公式サイトでCDでもLPでもデータでも販売、YouTubeで全曲試聴も可能、ということで、割とあっさり信じさせられることになったのだけれど。

ともかく、『m b v』を聴いた感想を。正直、ホッとした。そこにあったのは、まさしくマイブラ節というか、あの空間がぐにゃりと曲がったような音作りだ(後述するが、多くのマイブラフォロワーたちに足りないのはコレなのだ)。時間はかかったけれど、『Loveless』の次に出るアルバムとしては納得の仕上がりでないだろうか。

一方で、ミックスが甘いとか、未発表音源の焼き直しだという人もいるようだ(そのこと自体については、自分もそうじゃないかなと思っているところはある)。個人的にも、前作のすぐ後と、22年が経った今とでは、どっちがより「マイブラのニューアルバム」を素直に受け止められる時代なのかと考えたりもするが、それは仕方のないことだろう。それほど22年という年月は長い。

まあ、逆に言えば、シューゲイザーブームが一段落したのちに、インディーポップ界隈やポストロック勢、あるいはエレクトロニカ勢からの影響・再評価を受けて、マイブラ・チルドレンやニューゲイザー勢などが次々と登場し、シューゲイザー的なものが一つの音楽性、ジャンルとして安定した今になって、「元祖格がカムバック!」みたいな感じになったのはかえって良かったのかもしれない。


ところで、「マイブラ節というか、あの空間がぐにゃりと曲がったような音作り」と言う表現があまりにも雑なので、説明がてら、ちょっと自分のマイブラ体験の話をしたい。といっても、そんなに専門的なことは言えなくて、あくまで印象の話になってしまうことを最初に断っておく。ごめんなさい。

自分の場合、最初に聴いたマイブラはいかにも非リアルタイム世代らしく、『Loveless』だった。轟音でありながら、繊細に重ねられたフィードバックのレイヤーにうっとりとし、なるほどこれがシューゲイザーなのだな、やはり元祖(という言い方は正しくないかもしれないが)なのだなと思った。また、後追い世代としては、「Soon」を聴いて「ははあ、最近の『シューゲイザーの影響を受けた』と評されるミュージシャンたちはこれがやりたいのだな」と穿った見方をしたりもしたので、やっぱりいいリスナーだったとは言いがたい。

しかし、『You Made Me Realise』や『Feed Me With Your Kiss』などのEP(これらは中古市場で高騰したものの、今では『EP's 1988 - 1991』にまとめられている)、1stアルバムである『Isn't Anything』を聴くにつれて、少し違う考えを持つようになった。変な言い方になるが、いわゆる「シューゲイザー」と、マイブラの音楽には、似て非なる点があるんじゃないかと。こんな話はいろんなところで既出も既出なのだろうけれど、やはりここは(後追い世代だからこそ)言っておきたいところである。

じゃあ、「マイブラっぽさ」とは一体何なのか。自分なりの表現で言うと、あの「鳴っているすべての音がぐにゃりと曲がった感じ」なのだ。これをうまく言語化できないあたりに、文才の無さが露呈して大変罪深く思うし、音楽ライターには到底なれないと思うのだけれど、そうとしか自分には言いようがない。さすがに言いっぱなしもあれなので具体例を挙げると、『Isn't Anything』の1曲目「Soft as Snow (But Warm Inside)」のバッキングでうろうろと鳴り続けるギター、「Feed Me With Your Kiss」の後ろでジリジリ響くノイズ、「Glider」の軋むような音響。聴こえている楽器が、どこか自分のいる世界とは違うところで鳴っているような音楽。それが「マイブラっぽさ」の肝だと思う。だから、『Loveless』の音楽もそれらの延長線上に聴こえる。あの複雑なギターノイズ、甘いメロディー、ケヴィンとビリンダのボーカルも、自分にとっては「シューゲイザー」というより、「ぐにゃりと曲がって」いる世界を構成する要素として響く。

そういう点では、一番「マイブラっぽい」と自分が感じるのは、『Loveless』以前のEP、『You Made Me Realise』『Feed Me With Your Kiss』あたりになる(『Loveless』がダメだって言ってるんじゃないですよ、念のため)。それにしても、この2枚は今聴いても十分に刺激的だ。ましてや、発売当時のリスナーに与えた衝撃は相当なものだったのではないか。それまでのロックの文脈にあったギターとは明らかに質が違う「歪み」がここにある。単純に大きい音を鳴らそうとか、過激な音楽を作りたいとか、そういった発想から出てきた「歪み」ではなくて、まさしく鳴っている音の全てが歪んでしまっているような「歪み」。


ずいぶん雑に書いてきたが、マイブラの魅力は「鳴っているすべての音がぐにゃりと曲がった感じ」に強くあると個人的にはとらえているので、フィードバック・ノイズとか、メロディーの浮遊感とか、ボーカルのささやく感じとか(これらも重要な要素なんだろうけど)を突き詰めても、「シューゲイザー」にはなれど「マイブラ」にはならない気がする。いわゆる「マイブラフォロワー」に対して、シューゲイザーとしてはよくできているとは思いながら、何かが違うと感じるポイントは、その辺りにあるんじゃないだろうか。

だから、シューゲイザーにもマイブラにも詳しくない半人前なリスナーではあるけれど、『m b v』にあの「鳴っているすべての音がぐにゃりと曲がった感じ」があってよかった、「シューゲイザー」としてではなく、マイブラの新譜としてのアルバムが出てきたことを素直に喜びたい、そう思うのであった。心のどこかで、「でも、もうちょっと早く出ても良かったんじゃないかな……」と考えたりしつつも。