神様と僕と毎日と。

音楽やお店の紹介と、その日の出来事や考えたこと

J Dilla / Donuts


J Dilla / Donuts
時に繊細に、時に大胆に。自分の愛した楽曲のひとつひとつを、ゆっくりと追憶するように紡がれるサンプルとビート。聴き手に心地よい陶酔と新鮮な感動をもたらす、反復と揺らぎの快楽に満ちた極上のループ・ミュージック。計算と感覚の絶妙なバランス、巧みな構成の妙、音楽への深い慈愛の念。これらが思いつきの断片集であるはずがない。


昨日、お好み焼き屋でお好み焼きを食べたんですが、
やっぱりあれはみんなで鉄板を囲んで食べるから、
それが楽しい記憶に繋がって、
結果、おいしいと強く感じるのかもしれない。
一人焼肉は寂しいってよく言われるけど、
一人お好み焼きもそれに負けず劣らず寂しいんじゃないかなあ。


今日はカップそば(という言い方をあまり見ない気がする)の
『ほくほくのコロッケそば』というのを食べました。
コロッケがフリーズドライなんですけど、
パッと蓋を開けたらコロッケが見当たらなくて。
「あれ?」って思ったら、「かやく」の袋に入ってるんですよ。
コロッケが「かやく」扱いなんだよね。
「かやく」ってイメージが全然無かったから、すごい戸惑った。
「えっ、コロッケどこ!? えっ、『かやく』!?」みたいな。
カップそばにしてはなかなか悪くなかったです。

そういえば、「コロッケそば(うどん)」って、
最初に聞いたときにすごくびっくりした覚えがあるんですよね。
「そば(うどん)にコロッケ!?」みたいな。
その割に食べた感じが素朴なんで、何か拍子抜けした記憶が。
「いかつい格好をした公務員が出てきたけど、
話してみたらとても穏やかな人だった」みたいな。
全然違うか。


作業するモチベーションを高めるために、
自分の家じゃない場所を使ったりとか、
あるいは“カンヅメ”になるって、やっぱり有効な気がしますね。
どうしても仕事柄PCを使っての作業が多いので、
ただでさえ、ネットサーフィンとか、余計なことをしてしまうのに、
家であれば、なおさら気が散ってしまうのであって。
強制的に「作業するしかない」環境に自分を置くのは、
すごい効率的なのかもしれないなと。
そんなことを考えていたら、
「(ツイッターは)こんなのシステムじゃん、
調べて勉強して慣れれば、誰でも使いこなすでしょ」
って言ってた脚本家の北川悦吏子さんが、
「原稿を書いていて、すぐツイッターをやったり、
ネットをやったりで遊んでしまうので、
オフラインでワードで原稿だけ使えるようにしたいです」
ってツイートしていたのを思い出しました。
あのツイートを見た時は泣いた。

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